【どうにかなりそう(岡藤真依)】私たちは「足りない」が欲しい。

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どうにかなりそう

 

「今日、特別授業があったやん、女子だけ集められて」

「うん」

 

「性教育の授業やってん。

そんで出産シーンの映像見てな、うち、初めて女の人のあそこ見てな…凄かってん…

 

うちにもあんなものがついてると思ったら怖くて…でも確かめたくて。

 

だから代わりに見てくれん?

うちのあそこ…」

 

「お前何言っとう?」

「いや?」

 

「いやとかそういんやなくて。

……..おかしいやろ」

 

「怖い?うちも怖いねん。

けど誠君に見てもらいたいねん!」

 

 

 

 

 

「どう?」

「暗くて見えへん」

 

「見える?

もっと?」

 

 

 

(「どうにかなりそう 第一話 放課後」より引用)

 

「足りない」が欲しい。

 

ひさびさに良い漫画に出会った。

岡藤真依さんの「どうにかなりそう」。

 

 

すごく繊細なタッチで、思春期の高校生たちの甘酸っぱい性の目覚めを描いた、オールカラーの漫画。

 

第一話でいきなり制服姿の女子高生が、同級生の男の子の前でパンツを脱いで、寝そべる男の子の顔にまたがって性器を見せるという描写が衝撃的だった。

 

 

1〜2分で読める短編の物語が全部で11話。

10分もあれば1冊読めてしまう。

 

 

好きだけど、届かない想い。

はたから見たら狂ってる、けどわかってもらいたい。

 

 

物語の中には、報われない恋に苦しむ女の子も出てくる。

 

読み終わった時は「あー面白かった」というよりは、

「ああ…」としばらく放心してしまう感じ。

そして胸に切なさが残る。

 

 

 

私は高校生から大学生にかけて、けっこうたくさん恋愛した。

 

たまに意中の人と付き合えることになったりもしたけど、たいてい、片思いで終わったり、ふられて終わる。

 

彼女がいる人のことを好きになって、どうしようもなく胸が焼かれて、苦しかった時期もあった。

 

 

だから、「どうにかなりそう」に出てくる高校生たちの甘酸っぱい展開に、強く強く共感した。

 

 

 

手さえ繋げない、想いさえ伝えられないのに、その好きな人とセックスするってどういう気持ちなんだろう…?

 

 

 

そんな私は、いま、大好きな人と結婚した。

今日は付き合い始めて1年記念日。

 

 

彼と出会ってから、びっくりするほどことがうまく運び、あっという間に結婚することになり、自他共に認めるおしどり夫婦だ。

 

家に帰れば当たり前のように好きな人がいる。

それどころか、最近では夫婦2人でユニットとして、セックスに関する発信さえしている。

 

最近では自分の音楽の仕事で1ヶ月じゅうぶんに生活できるほど稼げるようになってきたし、バイトしなくてもよくなってきた。

ほとんど自宅での作業だから、平日も土日も、四六時中、彼と一緒にいる。

 

 

そんな1年記念日の夜を、私は家でひとりで過ごしていて、このブログを書いている。

彼は今夜、BARの出勤日で明日も朝早いから、BARに泊まるのだ。

 

 

 

私はさっきまで、大好きな女友達とごはんを食べて他愛もない話で盛り上がって、「どうにかなりそう」を読み合ってわーきゃー騒いで、

 

帰り道、いつもは彼と一緒に並んで自転車を漕いで帰る長い道を、1人で漕いで帰った。

 

 

 

ああ、この感じ、久しぶりだな。

 

 

 

 

 

 

 

正直言って、ここ最近の私は、ちょっと息苦しかった。

 

 

 

自分の仕事でぜんぜん稼げていなくて、毎日朝早く起きて夕方までバイトして帰る、という生活だった頃、彼との予定のすれ違いで会えない日もあった。

 

けれどここ最近、朝起きるところから晩まで、ずーーっと一緒にいた。

 

2人の時間が増えすぎて、友達や仕事仲間と会うっていうのがめっきり少なくなっていた。

 

 

すれ違いが続いていたあの頃は、あんなに「2人の時間が欲しい」と願い続けていたのに。

 

それが叶った今、2人だけの世界に入りすぎて、だんだん、社会から切り離されていくような、孤独感さえも感じていた。

 

2人なのに孤独感。

おかしな話というか、贅沢すぎる悩みだ。

 

 

 

 

 

最近、私が応援しているインフルエンサーの方が、「成功を手にしてしまった今、喪失感に襲われている」なんて話をしていた。

 

 

 

恋愛に限らず、人間という生き物は、欲しい物をいざ手にしていまうと、冷めてしまう生き物なのかもしれない。

 

 

 

私は、「恋愛」という分野においては、ある種の成功を手にした。

けれど、有名になりたいとかお金をたくさん稼ぎたいとか鎌倉に秘密基地を作るという夢は、まだ達成されていない。

 

時には、自分より年下でメジャーデビューして成功を手にしているミュージシャンや、たくさん稼いでいる人を見て、嫉妬してしまうこともある。

 

けれど逆に言えば、私が憧れている成功を手にした人たちも、「好きな人がいるのに結ばれない」と狂うほどの悩みを抱えているかもしれない。

仕事の成功なんていらないからとにかくその人と結ばれたいと思っている人もいるのかもしれない。

 

 

 

私は大学1年の時にバンドを結成して、2017年までずっとメジャーデビューを目指して音楽活動をして、結局身を結ばなかった。

 

もし、私がいとも簡単にデビューして売れてたら、「夢に向かって努力してワクワクする」っていう感情は味わえていなかったかもしれない。

 

悔しい思いをしてきたからこそ「うおちゃんの歌に出会えてよかった」と1人の人から言ってもらえることが死ぬほど嬉しく感じられるのかもしれない。

 

 

 

 

 

私は今好きな人と結ばれて幸せだけど、わざわざ1人の時間をこうやって楽しんでいたりする。

 

 

楽しんでいる、というのはちょっと違うかもしれない。

「切ないな、会いたいな」という、一見マイナスとも言える感情そのものを、楽しんでいる感じ。

 

 

 

 

結局、人間って、「足りない」という感情を楽しんでいるのだ。

全てが満たされたとしても、また「足りない」を探す。

悩みたくて悩んでいるんだ。

 

そういう感情を味わうために、地球に生まれてきているんだ。

 

 

 

そんな風にさえ思ってしまう。

 

 

 

幸せは平等

 

お金もちで好きな人と結ばれて成功も手にした人も、きっとどこか物足りなさを探すだろう。

 

貧乏で好きな人は別の人と結ばれてしまって成功とはほど遠い人は、「足りない」を楽しめるだろう。

 

 

そう考えると、どんな状況に置かれている人だって、与えられている幸せの量って、変わらないのかもしれない。

 

 

それでも、毎日幸せそうに生きている人とそうでない人に分かれるのは、その幸せを「受け取っている」か否か、かもしれない。

 

 

今、自分が与えられている環境を、別の角度から見てみる。

 

 

手にしていたら、ありがたい幸せ。

手にできていなくても、見方によってはありがたい幸せだ。

 

 

 

旦那さんと毎日一緒にいすぎて息苦しくなっていた、なんて書いていたけど、彼のことは変わらず愛しているし、これからもずっと一緒にいるつもりだ。

浮気をするつもりも毛頭ない。

 

 

ただ、たまには彼と離れて女友達と過ごしたり、別のコミュニティに行ってみたり、1人の時間を楽しんでみようかなと思う。

 

 

そして、うまく行かないことに苛立ったり、自分より大きな成功を手にしている人たちに嫉妬するのもやめようと思う。

だって、「まだ到達していない」この状況そのものがすでに幸せだから。

 

そして、いざ成功を手にしたら、また新たなことにチャレンジしていくだろう。

 

 

こうやって、いつでも幸せはそばにある。

 

 

 

 


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ABOUTこの記事をかいた人

【ミュージシャンタレント】 「音楽作って、遊んで暮らすよ」をテーマに活動中。 タイアップソング制作・ミュージシャン活動・作詞・作曲・タレント活動。 高校2年生の時にラジオ番組”SCHOOL OF LOCK!”に衝撃を受けて音楽活動開始。 6年間メジャーデビューを目指しバンド活動をした経験を生かし、音楽制作やライブのみならず、自分の経験をメディアで発信し、いま背中を押されたい人を勇気付ける活動をしている。 うおしーらんオフィシャルサイトはこちら